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見城 "子育て"というのは理屈も必要ですが、理屈では割り切れないことも多くあります。その辺に芸術的な分野が関わってくるのではないかと思います。さきほど学長がおっしゃったように、成績が抜群なのに、なぜ教師として合わないか、つまりその人は知識を吸収し、それを出すことはできても、そこに知恵が不足したり感性の部分も足りなかったり、または感性的な表現をどう出したらいいかわからない人とも言えますね。子ども達を相手にするには、感性面でどれだけ惹き付けられるかがポイントではないでしょうか。感性的表現は理屈抜きに人の心を魅了するものなんですね。だから、教育者にはしっかり理論的に構築した授業を行う力というのは重要ですが、もう一つ、理屈では理解できないけれども、子ども達を惹き付ける面白く楽しい授業を行う力も重要なんです。それらをバランス良く持っていないといけませんよね。両方がうまい具合に調和した授業のできる先生がすばらしい教育者と思うんですね。
学長 今はどこの大学でも知識の方が優先されているようです。研究するところが大学ですから当然それは必要なのですが、実際、感性教育に重点を置いている山口芸術短期大学の卒業生は幼稚園などで非常に高い評価を受けています。まさに感性教育を取り入れた芸術教育の成果だと考えます。実際大変評価されているわけです。だから山口学芸大学も4年後に卒業生を送り出した小学校でも、そういう評価をいただけたらいいと思っています。
見城 そもそも、子どもが保育所、幼稚園や小学校に入園したり入学したりするということは、それまで自由ですべてを受け入れてもらっていた家庭から離れて新しい世界に入って行くということです。思うように自分を守ってもらえないし、どのようなコミュニケーションをとったらいいかわからない世界に、子ども達が入って行きたくないと思うのは当然ですよね。だから子どもは泣き出す訳で、そういう場面でどう対応するかを考えられることが大事です。また、遊ぶことがいくら楽しいといっても、自分がしたくない気分のときに紙を切らされたり、お絵描きをさせられたりすること、いわゆる"社会的なリズム"で動かなければならないところに子ども達は率直に抵抗します。しかし、嫌でも実際にやってみると楽しいこともある。子ども達が少し抵抗したとしても、やらせてしまうこと、つまり"社会的なリズムの学習"も必要であると幼稚園の先生達が理解して"お絵描きしましょう"と言うことが大事ですね。小学校へ入ったら、決まった時間帯はいやでも椅子に座って勉強をしないといけない。それでも、この先生の話がおもしろいと思えば、子どもは一生懸命聞きますね。そのような子ども達が変化することの醍醐味を感じ取れる先生であるかどうか、ということが大切なことではないでしょうか。それを醍醐味と思わないようでは、私は教壇に立ってほしくないですね。
学長 我々としては、そういう子ども達の成長を理解したすばらしい教育者を育てたいですね。
見城 大事なのは、山口学芸大学で学生達がしっかり勉強でき、4年後に幼稚園や保育所の現場で「幼保連携」を実践できる教育者を、また、保育士であり幼稚園教諭であり小学校教育ができる新しい時代が求める教育者を社会に送り出していくということではないでしょうか。そして学生達にとって、勉強の場としての大学に止まらず、先ほど学長がおっしゃっているように、さまざまなことを経験できる大学として機能していくことではないでしょうか。
学長 そういった意味でも50名という少人数教育をスタートの基本としているのは意義があることですね。
見城 国の教育が"ゆとり重視"や"学力重視"などいろいろな方向に動いている中で、今は地方の時代とも言われますので、山口県独自の、山口学芸大学だからできる「子どもの育て方」という方針を持ってもいいのではないかと思います。
今求められているのは、やはり心豊かな保育士であり、幼稚園教諭であり、小学校の先生ということだと思います。子どもには成長していく過程の中で、ひとりでも多く本人を愛してくれる人が多い方がいいと言われていますし、教育の原点はそこに有るのではないかと思います。「知育」という部分での学習は重要ですが、乳幼児の段階においては、特にどれだけ深い愛で包んであげられるか、抱きしめてあげられるかにつきると思うのです。私が思うに、人は、生まれて間もない間、つまり乳幼児期の間に、人を信頼するということが体と心に根づいていれば、自然に学ぶ姿勢になっていくものです。学校の先生を信用できなかったら教えてもらうことに興味を覚えませんし、自分の貴重な時間を使ってまでして学ぶ気持ちにはなりませんね。その信頼という感覚が根づくのは乳幼児の段階で、母親なり父親なり家族なり、また保育所の保育士なりがしっかり抱きしめてくれて、忙しくてもきちんと質問に答えてくれることで、"人を信頼していいんだ"という種が子どもの心にまかれるんですね。学問の種は同じようにそこでまかれるわけです。それを保育所の先生が、ここはそんな所じゃないと思い「はいもう寝てください」「はいおやつです」「はいお散歩です」というような感じで機械的に対応していたら、子どもの人を信頼する芽も、学問する芽も全部摘まれてしまうというものです。
山口学芸大学で、乳幼児期からの教育ということについて保育から学んだ学生が小学校の先生をめざせば、そういう教育の一番大切な基本を忘れずに資格を取ってくださることと期待します。気候風土もよく、自然も豊かな山口県は、心の豊かな教育者を育てる環境にも恵まれているのではと思います。
学長 山口県の教育というのは、すべて吉田松陰に還るともいわれます。山口学芸大学の母体である山口芸術短期大学は学校法人宇部学園によって明治百年を記念して創設され、吉田松陰の「至誠」を建学の精神としています。
見城 以前松下村塾を見学したことがありますが、あのような小さな部屋に志を持った若者が学び日本を大きく動かす力として若者達が育っていったのですね。言葉もでないくらい感動したことを覚えています。
山口学芸大学でも学生さんには松下村塾見学を企画されたらどうでしょうか。そこで大きな志をもって学んだ山口県の先輩達がいたことを知ることは、学ぶことの無限の可能性を知ることに一歩近付くと思いますし、将来教壇に立った時に思い出してもらいたいことの一つではないでしょうか。
学長 それはいいアイデアですね。ぜひ実行してみたいですね。
見城 私が学生さんにお伝えしたいのは、"人は自分が学んだことまでしか教えられない"ということです。ですから、大学時代に学んだことが終わりではなく、卒業したその日からまた新たに誰かを師と仰ぎ、本やインターネットなどを活用して学び続けることで、もっと広がりのあることを教えられるのではないかと思います。
学長 その通りですね。豊かな教育者としての人生、いつまでも学ぶ気持ちを忘れずしっかり勉強してほしいと思います。
見城 もう一つ学生さんに伝えてほしいことがあります。保育というのは、お母さんが命がけで出産した幼い命を、保育者を信頼して託してもらえる崇高な仕事なんだと考えてほしい。まさに、保育者冥利につきるのではないでしょうか。だから保育者をめざす方は、その信頼に応えるんだ、こんな感謝される仕事ないんだからというところをわかってほしいものです。そうすると、学ぶべきことは何かというのがわかってくると思うんですよ。
学生時代は大学で学べること、大学生だから学べること、大学生だから持てる時間というのを大事に過ごして、信頼に応えられる人になってほしいですね。
学長 今日は大変貴重なご意見を聞かせていただき、ありがとうございました。